「フレイルを予防する」総合監修
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター理事長
荒井 秀典 先生
1984年3月 京都大学医学部卒業
1991年3月 京都大学大学院博士課程修了
2009年4月~2014年12月 京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻教授
2015年4月~2018年3月 国立長寿医療研究センター 老年学・社会学研究センター長
2018年4月~2019年3月 国立長寿医療研究センター 病院長
2019年4月~現職
専門領域・老年医学一般、フレイル、サルコペニア、脂質代謝異常

フレイルとは
フレイルとは心身ともに活力が低下した状態です。
あらゆる生物は年を重ねると体が弱っていきます。私たち人間も例外ではなく、年を取るとともに体力や気力が低下していきます。
加齢に伴い、筋肉の力が落ちるなど体の機能や、内臓などの生理的な機能が低下して、心身の活力が低下した「虚弱」な状態は、近年「フレイル」と呼ばれます。フレイルの状態ではまだ健康を維持していますが、要介護状態になる危険は高まっています。そして多くの高齢者がこのフレイルの段階を経て要介護状態になることがわかっています。
フレイルの概念|要支援・要介護の危険が高い状態
葛谷雅文:日本老年医学会雑誌46(4):279-285,2009一部改変
フレイルは健康寿命が終わりに近付いている状態です。
介護の必要がなく、日常生活を制限なく過ごすことができる期間を「健康寿命」と呼びます。日本人の「健康寿命」は、平均寿命に比べ男性で8.84歳、女性では12.35歳も短くなっています。健康寿命を延ばし、平均寿命と健康寿命の差である要介護状態の期間をいかに短縮するか、要介護状態にならないようにフレイルを予防することが、健やかな老後を送るために大切です。
平均寿命と健康寿命の差

厚生労働省「令和2年版 厚生労働白書 図表1-2-6『平均寿命と健康寿命の推移』」より作図
平均寿命は厚生労働省「簡易生命表」
健康寿命は厚生労働省政策統括官付参事官付人口動態・保健社会統計室「簡易生命表」、「人口動態統計」、厚生労働省政策統括官付参事官付世帯統計室「国民生活基礎調査」、総務省統計局「人口推計」より算出
フレイルになったらどうなってしまうのでしょうか?
フレイルの人は健康な人に比べ「転倒の発生」、「移動能力の悪化」、「日常生活での自立度の悪化」、「初回入院率」、そして「死亡率」が高くなることが 報告1)2)されています。
フレイルの有無による3年間の健康障害1)2)
健康障害の事象 | 相対危険度 |
---|---|
転倒の発生 | 1.3倍 |
移動能力の悪化 | 1.5倍 |
日常生活での自立度の悪化 | 2.0倍 |
初回入院 | 1.3倍 |
死亡 | 2.2倍 |
1) Fried LP, et al, J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2001: 56(3): M146-156
2).Bandeen-Roche K, et al, J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2006: 61(3): 262-266
国立長寿医療研究センター・東浦町作成『健康長寿教室テキスト第2版』2020 P.3より引用
フレイルの要因
全身の筋力や筋肉量の減少(サルコペニア)による
フレイルサイクル
加齢や慢性的な疾患が原因で「全身の筋力や筋肉量が減少した状態(サルコペニア)」になると、生命を維持するために必要なエネルギー量である基礎代謝量が低下します。また、筋肉量が減少すると、歩くスピードが遅くなる、疲れやすく動けなくなるなどの身体機能の低下が起こり、結果的にエネルギーの消費量が低下していきます。
エネルギーの消費量が低下した状態では食欲が湧かず、食事の摂取量も低下します。そのため、タンパク質をはじめとする栄養素が不足した低栄養の状態となり、体重が減少し、さらに筋力や筋肉量が減少してしまうのです。こうした悪循環(フレイルサイクル)が繰り返されると、いずれ、転倒や骨折をきっかけとして要介護状態になる可能性が高くなります。

1) Xue QL, et al, J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2008: 63(9): 984-990
国立長寿医療研究センター・東浦町作成『健康長寿教室テキスト第2版』2020 P.2より引用
生活習慣病とフレイルは相互に関連します。
加齢に加え、高血圧、糖尿病、脂質異常症、骨粗しょう症などの生活習慣病は、フレイルや脳血管障害、認知症、転倒・骨折などを招きやすいことが知られています。これらの疾患、状態はフレイルをさらに悪化させ、またフレイルはこれらの疾患を悪化させるという悪循環に陥ってしまいます。
フレイルと生活習慣病の関係
監修:国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター理事長
荒井 秀典先生
フレイルは早期に適切なケアをすることで予防・改善が可能です。
フレイルが注目されているのは、フレイルの状態であれば、心身ともにある程度回復する力が残っており、適切なケアにより、健康な状態に回復する可能性があるからです。フレイル予備軍の「プレフレイル」の段階から、本人やご家族がフレイルに気づくことがとても重要です。
フレイルは早期に適切にケアをすること
まずはセルフチェック!
下の「チェックシート」の5項目の質問に答えることで、フレイルかどうかをチェックすることができます。
5項目のうち3つ以上に該当する場合は、すでにフレイルの可能性があります。1~2項目が該当する場合は、プレフレイルが疑われます。
まずは、あなたの体の状態をチェックしてみましょう!
フレイルのチェックシート
-
- 1点
- 0点
-
6ヶ月で2kg以上の(意図しない)体重減少がありましたか?
-
握力は男性で28kg以上、女性で18kg以上ありますか?
-
(ここ2週間)わけもなく疲れたような感じがしましたか?
-
歩く速度は毎秒1m以上ですか?
-
軽い運動・体操もしくは定期的な運動・スポーツを週1回以上していますか?
いくつ当てはまりましたか?
- 1~2点
- プレフレイル(フレイル予備軍)
- 3点以上
- フレイルとなります。
国立長寿医療研究センター・東浦町作成『健康長寿教室テキスト第2版』2020 P.2より引用
(SatakeS, et al. GeriatrGerontolInt. 2020; 20(10): 992-993. )
フレイル予防・改善には?
1日の過ごし方を見直してみましょう。
フレイルの方でも、日々の食事に配慮しながら適切な運動をすることで、健康な状態へ戻ることが可能ということが分かっています。まずは朝昼晩の食事、日中の運動、就寝、それぞれ量と内容を充実させて規則正しい生活をするよう心がけましょう。
フレイル予防・改善6ヵ条
1. 活動的で規則正しい生活をすること1)
2. バランスのよい食事をとること2)
3. 定期的な運動をすること3)(散歩、体操、筋トレなど)
4. 社会活動に参加すること4)
5. 薬に頼りすぎないこと5)
6. かかりつけ医をもつこと
1) Xue QL, et al.. Am J Epidemiol. 167(2). 2008: 240-248
2) Bollwein J, et al. J Gerontol A Bio Sci Med Sci. 2012: 68(4): 483-489
3) Landi F, et al.. Curre Opin Clin Nutr Metab Care. 2014.:17(1): 25-31
4) Bygren OL J, et al. BMJ 313. 1996: 1577-1580
5) Gnijidic D, et al.. Clin Pharmacol Ther. 2012: 91(3): 521-528
国立長寿医療研究センター・東浦町作成『健康長寿教室テキスト第2版』2020 P.40より引用
例えば、1日の中でウォーキングやトレーニングを行う時間帯を決め、これを習慣づけましょう。ペットの散歩や買い物なども良い運動になります。また、カラオケや囲碁、絵画などの趣味の時間や、自治会活動や地域の行事などに参加するなど、積極的に外出する時間を持つことも大切です。
株式会社クリニコ・森永乳業株式会社『フレイル・サルコペニア予防のための食事と運動』P.43「まとめ」より
基本対策は「食事」と「運動」
フレイル予防・改善のカギは「食事」と「運動」です。
まず、転倒による骨折やフレイルの進行予防のために、筋肉を減らさないように注意しましょう。筋肉を減らさない対策として重要なのが「食事」による栄養摂取と筋力トレーニングなどの「運動」です。食事と運動のどちらか一方に力を入れるのではなく、両方を偏りなく行う方が筋力アップに効果的であることがわかっています。タンパク質とビタミンを十分に含む食事を取り、体に負担をかけ過ぎない適度な運動を行いましょう。
自宅で暮らす高齢者を対象にした食事内容の調査1)から、肉や魚、豆腐や納豆、牛乳やヨーグルト、卵などのタンパク質を十分に摂取しないとフレイルになる危険性が高くなることが報告されています。加えて、野菜と果物でビタミンとミネラルをバランスよく摂取することも必要です。
1) Bartali B, et al: Low nutrient intake is an essential component of frailty in older persons. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 61(6): 589-593, 2006
フレイル状態になると活動・運動不足になりがちです。その運動不足が筋力低下やバランス障害を招き、転倒や外傷の引き金となり、それによってフレイルが悪化する、といった悪循環に至ります。いきなり運動を始めてケガをすると、かえって活動できなくなってしまうので、一人ひとりの状態と目的に合った運動を行うことが大切です。
フレイルの予防・改善のための運動にはさまざまな種類があります。